トップ » 直前理事長ブログ
直前理事長ブログ
外交を精一杯考えてみる一年に!! 清淳也です!(^^)! ⁄2010年12月13日
(公社)日本青年会議所 国民目線の外交推進委員会
ロシアミッション派遣事業 その(14)
明日ロシアを発つ。学生達はホームステイ先の家族と終日過ごすので、JCメンバーは終日サンクトペテルブルグの市内視察に出かけていった。
今日は、僕はメンバーと離れ、オルガ先生と一日過ごした。せっかくロシアに来たのだから、チャンスがあればロシア人との交流を図りたいと思っていた。特別にこの機会を頂き、配慮して頂いた方々に非常に感謝しています。
日本にいる時、行ったこともないこの街で彼女とどうやって待ち合わせをしようか考えた。今は非常に便利なものがある。「Google Earth」を使い、ホテル近くの名もないような小さな教会で待ち合わせをした。勝手にここねとメールしたのみだったので、本当にこんな場所わかるのかと少し心配だった。午前の光に照らされた水色と白の北欧風のこざっぱりとした教会を見上げていると、後ろからチョンと背中を叩かれた。振り返ると笑顔の彼女が立っていた。
後は個人的なことで、このホームページを使用させていただき記載すべきものなのかを考えました。かなり省略してお話します。また、個人的な写真はなるたけ避けます。
市内散策に出かけた。僕は昨日の大学訪問の際、日本で撮った写真をCDに焼いてオルガ先生に渡したのですが、その際CDケースの中に、バスの中で彼女から返してもらったお金で多い分を入れて返しておいた。そのことを指摘され、彼女は今日こそは私に任せてというので、今回はお言葉に甘えさせてもらった。
ドームの上から市内を一望できるイサク寺院に行った後、どうしたいと聞かれた。この街が北のベニスといわれているのを知って、来る前に運河巡りをしたいことを頼んでいたのを思い出した。しかし、昨日に大学とは別組で郊外へ行っていたメンバーから、郊外にある「夏の宮殿」に行くべきと勧められた。しかし、バスで3、4時間かかるので厳しいといっていた。このことを彼女に言うと、船で行くと早いといって、運河巡りの為にいた桟橋の横にあるもう少し大きな桟橋から宮殿行きの船に乗った。バルト海の一番奥、フィンランド湾で船に乗れるとは思っていなかった。1時間ほど航行を楽しんだ。
宮殿は素晴らしかった。何が良かったというと、庭園がよかった。秋の色づき始めた並木の下を歩き、噴水を見ながら二人で色んなことを話した。彼女は私を、あるところに連れて行った。そこは仕掛け噴水で、知らずに歩いた僕はビショビショになってしまった。この庭園はこの時に期来てよかった。街の喧騒から離れ、素敵な空間が流れていた。この宮殿に来た誰もが各自の時間を楽しんでいた。
街に戻り、他のいくつかの名所に行こうとしたが僕はあまりそのようなことに時間を費やしたくなかった。せっかく現地の人といるので、少しでも日常のサンクトペテルブルグを味わいたかった。彼女にそのようなことを申し出て、カフェでお茶をすることにした。
そこでロシアの女子高校生に話しかけられた。日本から来たというと本当に興味を持ってくれた。日本に好印象をもつロシア人が本当に多い。過去のことを真摯に受け止めながら諸問題を解決して、両国の新しい関係の構築が望まれる。新しい時代の新しい芽が育ち始めているのだから。変革のスピードが次世代の世界に決定的な影響を与えることが多い。いつの時代も変えられないもの変えられるものを見極める能力が求められる。
その後、市内で一番有名な教会に行った。途中、富士JCの国際メンバーのみんなから次々と電話を頂いた。みんなの声が懐かしく、温かい言葉がサンクトペテルブルグの綺麗な街並に溶けてほのぼのした気分になった。
夜はオルガ先生の自宅に招かれ、旦那さんのビタリィーさんとみんなで一緒に夕食をした。ビタリィーさんはすごく優しい人で、話が弾んだ。オルガ先生お手製の料理は美味しかった。家庭料理はどこの世界でも一番です。旦那さんのお母さんお手製のソースは絶品で、ビンでまるごと一つお土産に頂けた。
途中、JCメンバーから世界的に有名なマリインスキー劇場でバレエを見にいこうと電話で誘われた。この劇場で『眠れる森の美女』や『くるみ割り人形』などがこの舞台で生まれたのは知っていたので、是非行きたかったが今回は無理だった。素晴らしい講演だったそうです。その講演の写真を載せておきます。みなさん、ロシアといえばバレエです。ここにくる機会があれば是非行かれることをお勧めします。
気づくと夜0時になろうとしていた。そろそろ帰るというと、サンクトペテルブルグの夜景を見せてくれるというので、お言葉に甘え街に出た。
ライトアップされた夜景は想像以上に綺麗だった。最後にサプライズとして1日1回しか開かない跳ね橋が開く様子を見せてくれた。今日は本当に素敵なおもてなしを受けた。帰りの車の中でラジオから「Time to Say Good-bye」が流れてきた。ライトアップした街並と相まって、明日でロシアが最後であること、そして明日からは僕もJCマン、オリガ先生も先生として振舞わなければならないが、オルガ先生の本当の優しさ、そしてこの夫婦の温かなおもてなしのこと、ロシア人の情の深さ、色んなことが頭に浮かび、自然と、こみ上げてくるものがあった。二人に気づかれないようにしていた。後部座席にいるオルガ先生のほうを振り向くと、彼女も目に涙を浮かべていた。本当に素敵な時間をありがとう。本当にありがとう。時間は深夜3時近くになっていた。
クイズ 直前ぶろぐ ⁄2010年12月13日
お店の紹介 直前ぶろぐ ⁄2010年12月11日
12月8日の動き 直前ぶろぐ ⁄2010年12月10日
あした 直前ぶろぐ ⁄2010年12月10日
外交を精一杯考えてみる一年に!! 清淳也です!(^^)! ⁄2010年12月10日
(公社)日本青年会議所 国民目線の外交推進委員会
ロシアミッション派遣事業 その(13)
夕方から在サンクトペテルブルグに本総領事館への表敬訪問をし、レセプションが行なわれた。この総領事館はエルミタージュ美術館からすぐのところにある。サンクトペテルブルグは北のベニスといわれているように、運河が多い。領事館も綺麗な運河沿いにある。ヨーロッパの街並に大きな日本の国旗が掲げられた建物があった。異国の地で日本の国旗を見ると、いつも何故か安心するのと同時に誇らしく思う。自分の中に確固たる日本人の血が流れていると実感できる。外に出ると、内のことがよくわかることを再確認した。総領事館はモスクワの大使館と異なり、規模は大きくないが、中に入ると和洋が心地よく調和した空間になっていた。さりげなく横山大観の作品が飾られていたりしていて、さっぱりと上品な空間だった。
川端領事の講和を受けた。サンクトペテルブルグと日本の古くからの関係や産業等の話を聴いた。ここでもロシア人の情が深いことを強調されていた。ロシアと関係している日本人の方々は、みな口を揃えてロシア人の情の深さをおっしゃっている。ここの人々は日々日本の国益を考え、両国の架け橋になるように外交努力を行なっている。領事はここにいる全ての人が日本のための営業マンとして頑張っていることを理解して頂きたいとおっしゃっていた。日本の存在、影響を創り出していることをほんの少しではあるが理解した。
その後、外で待っていたサンクトペテルブルグの学生達も領事館に招かれ、レセプションパーティーが催された。久しぶりに本格的な寿司や日本料理を頂けた。とても和んだ雰囲気で笑顔が絶えず、学生・JCメンバーの心に何かが芽生えてきていた。
その後、ホテルに戻り、スーツのままJCメンバーとオルガ先生とオルガ先生の家に泊まっているモスクワの2人の学生とで飲みに行くことにした。オルガ先生の予約したバーまで歩いていったが、その遠いこと...。4、50分は歩いたのではないか。おまけに着いたところが「リバプール」という名のイングリッシュパブで、さらに着いたと同時にロシア人の3人は帰ってしまった。その後、副会頭を筆頭にJC飲みが始まった。場の雰囲気と一体化できたであろう他の客との隔たりに興ざめしてしまい、副会頭には申し訳ないと思いつつ、卒業生とその他メンバーの半数ぐらいが先にホテルに帰った。僕も当然にこの場を離れた。みんな、ロシアを味わいたいと思っていたのは間違いない。もう二度と来ないかもしれないロシアにいるのだから。
外交を精一杯考えてみる一年に!! 清淳也です!(^^)! ⁄2010年12月 9日
(公社)日本青年会議所 国民目線の外交推進委員会
ロシアミッション派遣事業 その(12)
今日の午前中はサンクトペテルブルグ低温食品技術大学での交流を深める。モスクワと同様JCメンバーは市内視察組と半分に分かれ、今回、私は大学のほうに参加した。
昨日からロシア入りした吉村副会頭も大学に参加した。大学ではモスクワ大学のように少人数ごとにサークルを作るかたちではなく、お互いの文化や教育システム、領土問題を発表するかたちがとられた。モスクワ大学の学生たちと異なりここの学生のほとんどが夏には来日していないので、個人的にはモスクワよりも深い授業ができないおそれがあると思った。まずお互いのことを知ってもらうことにこの時間の多くが費やされたと思う。個人的には日本の学生達は物足りなかったのではないかと思った。やはり、深く込み入ったことを議論するには時間と前もっての知識が必要なのではないか、課題の残るものではないかと思う。しかし、見方を変えれば、領土問題等の存在を知らない若者に、その場でいかに訴えかけるかのトレーニングができた機会でもあった。結果はどうであれ、相手に伝えることの難しさを実感されたのではないだろうか。間接的にではあるが、日本の学生からこの大学の訪問自体が不要ではないかとの話しが出た。しかし、僕はそうは思わない。日本のことをよく知るものに対してよりも、むしろ知らないものに対して日本を知ってもらうことも同じくらい重要であるからだ。状況が異なった時にその状況を揶揄するのではなく、精一杯自分の中で誠意を尽くすほうが努力と能力が必要です。取捨選択するのも能力の一つではありますが...。
その後、JCメンバーはオルガ先生の案内で大学内を見学した。そして、学生と一緒に学食で昼食をとった。横に座った委員長のスープもおいしそうでした。
外交を精一杯考えてみる一年に!! 清淳也です!(^^)! ⁄2010年12月 8日
(公社)日本青年会議所 国民目線の外交推進委員会
ロシアミッション派遣事業 その(10)
モスクワから飛行機で1時間半から2時間北西へ向かう。こちらの天気はモスクワと違い晴れていた。ここはフィンランドの首都から車で4、5時間しか離れていないフィンランド湾に面したロシア第二の街、そこがサンクトペテルブルグ。ここは白夜が経験できる街でもある。
空港に着くとオルガ先生と日本に来てくれた生徒達が日本語とロシア語で書かれたお手製の旗をもって僕達を出迎えてくれた。一ヶ月ぶりの再会に笑顔で挨拶を交わした。バスに乗るとお手製のビスケットをみんなに配っていた。温かいおもてなしを受けた。オルガ先生は同行している元日本大使館で働いていた大森さんとの打ち合わせが終わると、僕の隣に座り、以前に約束していた携帯電話を貸してくれた。本当にありがたかった。また、日本で通常の銀行でルーブルから円に替えられなかった為、彼女に少しお金を貸していたが、それも返してもらった。中身を見ると、1万円ぐらい多めに入っていた。感謝の気持ちとしてであろう。こんなところも日本人の感覚に似ている。僕も日本人なので、このお金は受け取れないと申し出たが、いっこうに受け取らなかった。本当に気持ちが温かかった。僕もひとまずこの行為を受けることにした。
街並はモスクワとは全く異なっている。ここはヨーロッパの玄関口と言われているように、街並はヨーロッパで、しかも市街はライトアップされていて、本当に綺麗だった。渋滞も無く、順調にホテルに着くことができた。ホテルの前では日本の学生達のホームステイ先の学生が待っていて、みんな楽しそうにそれぞれの家庭へと解散していった。彼らを送ると僕達JCメンバーは、夜の街に出て、食事をとることにした。
ホテルのすぐそばのメインストリート沿いに、通りの往来を眺めながら食事のできる日本食レストランがあり、僕達はそこに行くことにした。少しというよりはかなり肌寒いけど、通りを往来する北欧系の人々の様子を見ながら、みんなで会話をするのがものすごく楽しい。メンバーの誰もがモスクワとは違う街並と人々を堪能し、0時を過ぎているのに寒さが体に染込んで耐え切れずに店の中に入るまで外にいた。ロシアでも日本食のブームで、この街にも百件以上の日本食レストランが進出し始めているそうだ。北極圏に近いこの街のネオンの下、素敵な交流が展開されそうな期待をメンバーの誰もが感じた一日だった。
どこだったかな? 直前ぶろぐ ⁄2010年12月 8日
しめさば
酢がバッチリ染み込んだものでなく、生の状態に酢が軽く乗っかっている感覚で出す店!?
食べたいんですが思い出せない!!


