理事長ブログ

始動!2009年度☆

11月27日に、09年度の合同委員会と出向者激励会が行われました。2009年度と言う文字が看板に謳われた初めての場に参加して感慨深いものがありました。頑張れ、09!室伏理事長!
※出向者激励会では、JC宣言を暗唱出来ない出向者に罰を与えました♪

 

 

どちて坊や

講演や講義で必ず質問をする人、と言ったら、うちのメンバーは間違いなく、この伊藤秀彦か佐野智彦の名を口にするであろう。

 

小学校1年生の時、「学校に行きたくない」と突然泣き出した朝、オフクロが僕に理由を尋ねると、算数が分からないからと答えたそうだ。確かに記憶の薄い部分に残像が残っている。黒板に書かれた「ひきざん」という文字。四苦八苦して「たしざん」を覚えたのに、今度は難問の「ひきざん」。勢い良く手を挙げている周りのルームメートを横目に、僕はうつむいていた。「なんで、みんな分かるんだろう」

 

「聞くは一時(いっとき)の恥、聞かぬは一生の恥」

という言葉をオフクロが最初に言ったのはこの時だったと思う。それから、事あるたびに言われてきた言葉。

そんな僕が大きくなって今の、質問魔、「どちて坊や」になったのである。

※ただ、おかげで、小学校、中学校は一日も学校を休まない「皆勤賞」をもらった。ちなみに、うちの

弟は高校まで「皆勤賞」だった。

 

 

 

きずな育み隊 隊員紹介

上杉英史隊員と上杉雅史隊員です。

この登山の為にマラソンを行ってきたという上杉隊員たち。もちろん、登山事業が終わっても続けて

いるとか、いないとか。

当ホームページや募集方法に対してご意見いただいたこと感謝しております。

※お父さんの顔が入っていなくてごめんなさい。

元気が”とりえ”の上杉親子、絆をありがとう☆

 

ぬりかべ~

障害に会う事を人はこう言う。「壁にぶつかった」

 

人によっていろんな壁の乗り越え方がある。

①一人で何とか、よじ登ろうとする人。時間がかかっても~

②それでも無理なら、道具を使ったり、

③人に頼んだりする。

④壁の前で”あぐら”をかいて、じっと壁を睨んだりする。

⑤穴が開くくらいみる。というより穴を開けてやろうと思う。

⑥壁の性質を分析する。よじ登ることが可能か、高さが低くなっている部分がないか。

⑦とりあえず、いったん諦めて、別の道、遠回りをしたりする。

⑧しばらくして、また同じ壁の前に立つと、難なく超えれそうな気がする。

⑨そして、難なく超えてしまう。

⑩自分が成長したと感じる。

日々、忙しいと、じっくり分析したり、遠回りしたり出来ないんですよね~

 

白いタキシードの男

全国大会のアワード(褒賞)の時に、一際目を引いた男がいた。白いタキシードの男だ。彼は臆することなく、所属している青年会議所名を呼ばれると登壇した。司会者から促されて、挨拶をしようとした理事長が、

白いタキシードの男を一瞥して、彼にマイクを預けた。彼は、誇らしげに言った。

「自分は卒業生です(JCは40歳になると卒業します)。数年前、専務理事をやっていました。理事会の最中、理事長と大喧嘩して以来、JCの活動をせず、眠っていました」

会場の一部が笑った事を確認してから、彼は続けた。

「このまま眠ったまま卒業するのかな、と思っていたところ、お声がかかって目を覚ましてJCに戻りました。

戻った時に目の当たりにしたのは、当時80名いたメンバーは30名近くに減っており、メンバーはやる気と自信をなくしてました。行政からもナメられ、地域住民からも見捨てられ・・・JCは、こんなもんじゃない、

見せ付けてやろう!と思い、老体にムチを打って委員長として動き回りました」

振り返って、同じく壇上に上がった理事長とメンバーに笑顔を見せ、

「後輩たちに、立派なお土産を残すことが出来ました」

と語調を強めて挨拶を閉じました。

名前も知らない白いタキシードの男、カッコイイ!!

大会式典 卒業式

最高でした!そして、最高の男を見つけました!

小田会頭。あなたと一緒に2008年のJCを動かして来れたことに感謝してます。東海フォーラムなどで質問などをして、顔を覚えていただいたかもしれませんが、涙ながらの事業報告に感動いたしました。あなたは、常に言ってくれてました。「主役は全国の711人の理事長です」と。その一言が今年の僕の原動力でした。本当にありがとうございました。

安里繁信副会頭。挨拶に込められた力強い信念。僕もJCプライドを取り戻そうとしている一人です。入会してからのモヤモヤのあなたの所信や挨拶が吹き飛ばしてくれました「我々の活動や運動が認められていない訳ではない。あなた方自身が認めてられていないのではないのか。会社の役員として、父親として、夫として、そして人間として・・・」次年度会頭の凄さを知りたければ、日本JCのHPより所信を読んでみてください。

中島和生副会頭。卒業式でのあなたの言葉に、会場が水を打ったように静かになりました。例年、卒業式は騒然とした中で行われるのですが、あなたの”伝えておきたい”という心が会場を沈めました。

「JCは楽しいばかりじゃない。苦しくたっていいじゃないか。その分、誰かが救われると思えば」

 

最後に、アワードの時に見た白いタキシードの謎の男。その男の話は次回、ご紹介します。

きずな育み隊 隊員紹介

佐野誠隊員です。パートナーの佐野真里子隊員は残念ながら欠席でしたが、その分、誠隊員が

に事後研修を頑張っていただきました。我々に対して「サポートがすごい」「下山の判断に感謝」とお褒めの言葉をいただきました。特に、当メンバーの井出裕介がお気に入りのようで、来年は佐野家と一緒に登山して欲しいという要望も!!

真里子隊員に運動部に入ってもらいたいとテレながら話してくれた笑顔が印象的でした。

”絆をありがとう” 

 

ぞくぞくと全国から

とうとう3日目を迎えてしまいました! 浜松がJC色になって行きます☆ 副主管として大会を楽しめるのもあと二日… これからがヘビーですので、メンバーの皆さん、宜しくお願いします! この2日での合計睡眠時間がわずか5時間ですが、それは金子専務も一緒。本日も朝からJC富士山会議として、富士山の世界文化遺産登録の署名活動を行いました。 「おはようございます。署名をお願いしています…富士山の世界遺産登録に御協力下さい」 署名を取っていて気付きましたが、署名を求められると、ほとんどの人が避けようとしますが、「富士山の世界遺産登録」と聞くと反応してくれます。時には、いろいろ話をしたり、質問をくれる人もいます。 みんな無条件で富士山が好きなんですね。 写真は、本当に楽しんでいた金子佳久専務理事です。 浜松JCも同じ場所で献血活動をしていました。コラボでローカルコミュニティ♪

名言!

2011年の全国大会が名古屋となりました! 祝辞を述べる小田会頭の声が震えてました。「もし、私の願い事がひとつ叶うなら、2011は全国大会を4回やらせて欲しい」 小田会頭だけでなく、いろんな方の声が震えていました。 名古屋が訴えたもの。数多くの問題を一元化しなければならない。たとえば、未来の子どもたちの笑顔の為に、環境問題に取り組むとしても、二酸化炭素排出の削減だけでなく、世界紛争や飢餓などにも目を向ける必要があるのではないか。 我々が本気になって燃えなければ、市民の心に火をつけることなんて到底できない?

2日目

2時間睡眠のまま、再び浜松に向かいました? 早朝会議に出ましたが、そこで、やらまいか的な全国大会運営会議メンバーを発見☆ 立ちながら眠る男、眠りながら、やらまいかコールをする男…肖像権本人の承諾はとってあります。 そして、今、日本JCの理事会に出ています。2011年に立候補した4つの青年会議所の理事長が、最後の熱弁を行い、投票が行われてます。 投票箱を運ぶのは、我々のメンバー、上柳正仁君(坊主の後頭部)、と志村静二君(こっき向きの坊主)です。 そして、今、開票です。僕と一緒の1971年生まれの人、卒業の場所は、名古屋です! 40近い男女の涙には、いろんな思いが溶け込んでます。嬉しさ、達成感、悔しさ、同情感。 JCは素晴らしい♪ 本気で日本を変えましょう。

全国大会イン浜松

いよいよ全国大会が始まりました。隣り近所で砂糖やお味噌を貸借りした日本、ローカルコミュニティの復活を掲げた本年度の集大成が幕を開けました。 うちのメンバーである杉山純史君が、立派に大会成功祈願の司会を務めてました。この男、かなりの器かも☆ 引き続き、開会式が行われ、パイプオルガンの演奏…複雑なベースラインを足で弾いてる様子は正に神業☆☆ その後、ウェルカムレセプションでは、様々なアトラクションが行われ、我々は、副主管の青年会議所として、士気を高め、結束を確認しあいました☆

山が、ちか?!

朝、久しぶりにジョギングしたら、山たちが近かったので、慌てて家に戻り、携帯を持って写真を撮りました。でも、写真になると、山がちか?って印象をうまく伝えられないですね、写真って難しいですね? 灯台もと暗いし、とありすが、遠くが良く見えて近くが見えない。 これってありますね。将棋を指している両者よりも第三者のほうが良く見えたり、人の相談なんか乗ったりすると感じますね! ただ、遠くも近くも良く見える人間になることは、不可能かな。近い故に、感情などが入って、冷静に物事が見えない、判断が出来ない。 だから、良く見える第三者が必要なんですね。第三者が、おせっかい、と分かりながらも、助言する☆ 少し前から、ブライバシーなどと言う言葉が、はびこって、おせっかいが出来ない状況です!ウザイって言葉を恐れないで、助言や苦言を呈することも優しさかもしれませんね♪

4時ら、富士かぐや姫茶漬け

14日、火曜日の16時、SBSテレビをご覧下さい。斉藤隆幸委員長がメインで頑張っています! 取材スタッフも気持ち良い方ばかりでした。 明るく素敵な女子アナ、キトウさん。うちのお母様が、会いたがってました。現場を仕切っていたディレクターみたいな人も顔に似合わずロマンチストだし、パンクロック23才、カメラマンは悔しいくらい幸せモノだし、寡黙な職人の音声さんは人当たりの良いアニキだし。 とにかく気持ち良く仕事出来ました? 素晴らしいスタッフに感謝♪

きずな育み隊 隊員紹介

味岡佳秀隊員と味岡真央隊員です。担任の先生も富士登山をしたという話をしてくれました。

佳秀隊員から、今回の我々のタイスケ(タイムスケジュール)が大変参考なったと感謝されました。事後研修の後半、真央隊員が飽きちゃったように思えました。確かに時間が長かったかな?

来年も登ると宣言してくれた味岡家。残り2人の子どもたちと一緒に、山頂を目指してください。

”絆をありがとう”

かりがね祭

4日、かりがね祭に行ってきました。手作り感あふれる暖かいお祭だなと思いました。場に合わぬスーツ姿だったので、目立ったらしくいろんな方から声をかけてもらいました。たくさんの出店が立ち並ぶ中、ふと思い出したことがありました。

 幼かった頃、両親が僕たち兄弟にお金を持たせて、2人だけでお祭へ行かせたそうです。二人の子どもがどのような買い物をするのか見るために、後ろから隠れて両親が付いていったという話です。

「それで、どうなったの?オレは何を買ったの」

「ヒデ(僕です)は、一番最初のお店で使っちゃったよ、それも、オモチャじゃなくて・・・」

「多分、ニッキかな。その頃、オレ、何故か、焼き鳥屋で売っているニッキが好きだったから」

「それで、シンヤ(弟)は、お店を全部見てから、慎重にオモチャを選んでいたね」

「なるほど、シンヤらしい」

「そう言えば、オモチャを選んでいる時、シンヤはヒデからお金を取られて、泣いていたっけ」

「なるほど、オレらしい」

最初のお店で、お金を使い果たすという無計画さ・・・前回、お話したとおりの話ですね。

※写真は、投げ松明、コスモスなどです。

 

きずな育み隊 隊員紹介

望月修隊員と望月洸希隊員です。「洸」の字がなかなか出なくて大変でした。洸希隊員、僕のハーモニカを楽しみにしていたそうで・・・今度、また、どこかでご披露しますよ。

お父さんの方が先にバテると思っていたらしいけど、修隊員をナメたらいかんぜよ!来年も、自身ないけどチャレンジすると言ってくれてありがとうございます。富士市に住んでいるから~と子どもに押し切られたら、登るしかないですよね。

”絆をありがとう”

 

 

つれション

小学校、中学校の時、授業の合間の休み時間は、仲の良いもの同志でトイレに行くことが当たり前になっていた。いわゆる”つれション”である。誘ってくれるのはとても有難いのだが、僕は、それが、どうも苦手で、トイレぐらいは行きたい時に行くと思っていたので、あまり”つれション”はしなかった。

昔から一人でいることが苦ではなかったせいか、つるむこともせず、好きな時に好きなことをしていたことを覚えている。クラスの中では、仲良しグループが幾つもあったが、要領のよい僕は、すべてのグループに属していたが、どこのグループにも専属にはならなかった。グループ内で出てくる、他のグループの人の悪口には、耳を塞ぎ、口をつぐんだ。「同じクラスだから、仲良くやろうよ」いつも、そう思っていた。そんな、イソップ童話でいう「コウモリ」的な性格が幸いして、今では、クラス会の幹事をよく頼まれる。誰とも仲良くやれる人間として通っているのかな。

グループとか派閥とかも良いかもしれないけど、多くの人に接して仲良くなることも大切なのでは・・・

 

 

 

 

きずな育み隊 隊員紹介

望月順子隊員、望月秀斗隊員です。

班長を務めた、鈴木猛之副理事長のことを、「山本勘助みたい」と言ってくれた秀斗君。うちの、鈴木副理事が頭脳派の勘助?と疑問に思いましたが、前回の大河ドラマの山本勘助を演じていた俳優に顔が似ていたということでした。秀斗隊員、さすが私と同じ字を使っていることもあって、視点がおもしろい!

自分たちの家族だけでなく、周りの家族の方がいて励みになったと言ってくれた順子隊員、前回は宝永山、今回は8合目まで来たとの事なので、次回は是非、テッペンでお願いします。

”絆をありがとう”

 

 

いただきます!

「お金を払うから”いただきます”を言わないんですか」

という公共広告機構のCMがありました。

「誰の為に言うんだろう?」

「もちろん、料理を作ってくれるお母さんにでしょ!」

「じゃあ、お母さんは、いただきます、をしなくていいんだ」

「ああ、んじゃあ、お百姓さんにじゃない」

「じゃあ、お百姓さんは、いただきます、しなくていいんだ」

「う~ん」

 

数分後、この話は、以下の結論で纏まった。

”いただきます”は誰に言うものでもない。目の前にある料理に対して言うべきではないのか。

肉や魚は動物の命を犠牲にして、僕らの前に並んでいてくれている。いや、肉、魚だけではない。

野菜や果物、飲み物だって、植物の命が犠牲になっている。その犠牲にしてくれた「命たち」に

対して、「いただきます」を言うのではないだろうか。

MOTTAINAI (もったいない)という言葉は、日本独自のモノだそうです。その精神って大切ですよね。

 

きずな育み隊 隊員紹介

市川瑞佳隊員穂坂ひかる隊員 です。

最初に会った時に、インパクトのあるTシャツを着ておられた市川隊員。「みずから転がる」と背中に書かれたTシャツは感慨深いものがありました。事後研修会の時、上柳正仁班長から質問され、困っていたひかる隊員。「何でもいいよ、正直に書いて良いよ」と促して書いてもらった紙には「良く分からない」の一文字。

正直だぞ、ひかる隊員。

”絆をありがとう”

※前のブログで、僕のパーツ写真が大きいと不評ですが、直し方が分からないので、そのまま楽しんでください。

 

 

目、耳、口

愛らしい瞳、柔道の為に潰した耳、セクシーな口元。 小さい頃、オフクロから良く言われた事。 「目と耳と口があれば、何処にでも行ける!」 その結果、物怖じしない性格を身に付けました。一人旅も好きですし、知らない土地でも平気です。 ただ、そう言った現場対応力がある分、無計画な人間でもあります! 人は一長一短、完璧な人間なんていませんよね…

きずな育み隊 隊員紹介

常葉里美隊員常葉冴隊員です。

下山時、一番最後だったけど、冴ちゃんがお母さんを心配する様子を見て、当メンバーが感動したと聞いております。

昨年は7合目、今年は8合目まで登れたと言ってましたね。来年は、家族4人で頑張ってください。

母親の方が体力があると聞きました。基本的には、男性よりも女性のほうが強いと僕も思っております。

”絆をありがとう” 

きずな育み隊との約束

ご無沙汰です!4月19日からのご無沙汰となりました…
昨日、行われた「きずな育み隊?2gにのせたおもい」の事後研修で約束しました通り、本日からブログを復活させます。育み隊の皆様、見てますか?
94年振り初冠雪が更新された貴重な日での事業遂行… 理事長として改めて、主催者という責務を感じました。重ねて、今更ながら、JCメンバーの凄さも教えてもらいました。僕のハーモニカ演奏から始まった当事業…人生の中でも忘れられない、いや、忘れてはならないモノを皆さんからいただきました。
育み隊のみなさん、山岳救助隊のみなさん、JCメンバーのみなさん、そして何よりも遠藤祐佐委員長率いる、青少年開発委員会のみなさん、本当にありがとう♪

素敵な出会い3

屋形船の後、遠藤哲也先輩に呼んでいただき、全国大会運営会議の同窓会へお邪魔しました。以前、ブログでも紹介させていただきましたが、京都会議でも同様の会が行われました。もちろん、安里繁信副会頭もいらっしゃいました。各先輩方からも、当時の様子を聞かせていただきました。時には熱く、そして笑いながら話される皆さんがうらやましく感じました。「自分がトキメキを感じていないと、周りにもトキメキを与えることができない」と、4月例会の講師の言葉がふと頭をよぎりました。

それから、車で富士に帰ってきて、その運転をしてくれた村松まさき(初対面でした)君の誕生会を行いました。もちろん、彼は運転する身だったので、それまでお酒は一滴も飲んでません。初対面な方の誕生日祝いをするという初めての体験をさせてもらいました。笑顔の素敵な、すこしシャイな青年でした。

素敵な出会い2

先ほどの懇親会(屋形船)に行くのに手ぶらではマズイだろう。と言うことで、お酒を差し入れる為に、銀座のデパートの酒屋さんへ。環境に優しいワインはないか?と店員さんに尋ねました。店員さんも、いろいろ頭をひねってくれていましたが、その様子を見て、ニヤついてる外人を発見。「何か?」(もちろん、日本語で)と言うと、「出来れば、そこにあるワインを買ってもらいたい」と隣にいた女性の通訳さん。聞いて見ると、その棚においてあるワイン工場のオーナーさんだとか。「うちのワイン(ブルゴーニュ地方)は、無農薬だし、環境にも配慮している」(もちろん彼はフランス語で、通訳さんが日本語)「あ、そうですか、それなら、いただきましょうかね」と金子佳久専務(もちろん、日本語)。「じゃあ、このワインのラベルにもサインをしてもらったら」と島本範生(もちろん、日本語。それを通訳さんがフランス語で彼に伝える)。

と、言うことで、記念撮影を撮りました。彼の名前は、ドミニク・ラポンさんです。酒屋が一時的に盛り上がり、一時は人だかりまで作ってしまいました。そうです、僕らは田舎者です!

素敵な出会い1

19日、ふじさんめっせのオープニングを終えて、そのまま東京のJC会館(青年会議所会館)へ飛び、ブロック会長会議を見学(オブザーブ)しました。その後、当青年会議所の島本範生が出向している、日本JC環境教育実践委員会の懇親会(屋形船)にお邪魔しました。卒業生でもある島本君は、委員会メンバーから慕われていました。そして、良い意味でこき使っていただいておりました。委員会の皆さんは、通年よりも事業数が多く、既に3つの大きな事業をこなしている事もあってか、すごい結束がありました。その中で金子佳久専務とお邪魔して、私たち2人が浮いてしまうのではないかと心配しましたが、水に溶けるように、あっと言う間に馴染ませてもらいました。ここの委員会は、以前、ブログでも紹介しました「地球温暖化アクションプラン」の担当委員会です。もちろん、委員会の懇親会は「大人の背中」。マイ箸持参で食べ残し禁止。今回も「完食達成」」(2回目)(写真はデザートのパイナップルの完食)です。若旅吉則委員長と共に、若々しくJCという旅を続けてくださいね、島本君☆ え~、この人って!!っていう出来事がありました。詳しくを見る→

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「ふじさんめっせ」での活躍人

富士山メッセで多くの方、先輩をお見受けいたしました。その中でも、特に目立ったお二人をご紹介します。まずは、富士山メッセのロゴマーク最優秀賞(写真参照)に選ばれた深澤秀幸先輩。白いジャケットが眩しかったです(写真は市長からの表彰です)。デザインの中の青いMラインはメッセの頭文字。青は、富士山と駿河湾の色も表現しているそうです。そして、シャボン玉のように見えるのは、産業や人、モノの交流の場となって広がっていくことをイメージしているそうです。

ちなみに、ふじさんめっせの語源は、富士山、富士産、富士SUN(太陽)の3つの意味。メッセはドイツ語で「見本市」だそうです。勉強になりましたか?

あとお一方は、小林邦洋先輩です。商品を売りながら、富士山の世界遺産登録を啓蒙する板(写真参照)を配っていました。あまり似合っていない青いTシャツで照れくさそうでしたが、お客様と笑顔で会話をされている姿が新鮮でした。もし、その写真が欲しい方は一声かけてください。

 

ふじさんめっせ 発動☆

19日、富士山メッセのオープニングイベントに行ってきました。にぎやかで、華やかでしたが、それは、イベントを行っているからでしょう。通常は、何もない大きな箱です。その何もない大きな箱に、飾りをつけ、魂を込めて、多くの人を呼び寄せる。何もないから、どのような色にも染めることが出来ます。と言うことは、利用される方の意志を伝えやすい。我々JCもこの「富士山メッセ」を使って、多くの信念を発信していきましょう!

新富士駅での井戸端会議

講師(佐藤泰博氏)のお見送りと全運の皆さんのお出迎えが同日の午前中と言うこともありまして、2時間程、新富士駅にいたところ、多くの方とお会いしました。個人的なお客様も数名いましたが、まずは、喫茶店で先日の制水工での事業を協力してくれた森瑞樹さん。次には、私と同期入会の先輩、丁偉韜(ていいとう)先輩。あとは、山﨑建治先輩をお見かけしました。お忙しいにもかかわらず、笑顔で相手してくれた3名の方に感謝です。

全運第一小会議(大城副議長)イン富士

18日、日本JC全国大会運営会議(第一小会議)が富士の地で行われました。今年は静岡県の浜松で全国大会が行われます。(10月9日~12日)その、”全運”に当青年会議所から5名の出向者を輩出しています。その中で、この第一小会議には、我らのホープ、杉山純史君が配属されています。彼の熱い想いにより今回の富士での小会議が開催されました。全国より10名のJCメンバーが集まっていただきました。懇親会での室伏和徳副理事、上柳正仁監事、金子佳久専務の言葉。「今まで、外(他の青年会議所)の人と富士のメンバーがこんなに深く交わったことはないんじゃない?」

最高の懇親会でした。大城副議長を始めとする皆さんからも感謝の言葉をいただきましたが、感謝しなければいけないのは我々ですね。懇親会で深く交わった富士のメンバーは彼らから多くの事を学んだのでしょうか?

沖縄っていいなあ、と思ったことがありました。それは、詳しくをみる→

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4月例会(4月17日、富士宮と富士の合同例会)

またまた、良い言葉と出会ってしまいました(有)ミソノ写真館の佐藤泰博氏の口から出てきた言霊が、

富士宮と富士のJCメンバーの心に突き刺さりました。

”トキメキ”という文字デザインのハッピを着て、スイッチが入った佐藤氏。その講師に会場中が釘付けになりました。3人の方と出会って磨かれた佐藤氏の「人間魅」。その多くの体験が我々には共感が出来、中には涙するメンバ^-も。

「兆」の可能性を手で掴むために「挑む」。「兆」の可能性を目の前にして「逃げる」。

周りがそうさせるのでなく、すべての要因(勝因も敗因も)は自分の中にあるのです。

私のスイッチはJCバッジでしょうか。 バッジを付けて、スイッチを入れ、「理事長挨拶」で皆さんの心に言霊をぶつけていこうと思っています。

JC富士山会議イン御殿場

15日(水)、御殿場に行ってきました。会議開始よりも少し早く着いたので、会場のチェック(写真)をしてから、付近を散策していると島田専務が仕事をしてました。スーツも似合いますが、仕事着も似合いますよ♪

会議中の講演では、富士山の測候所に勤めておられた芹澤早苗様が、「富士山と私」という題目で話をされてました。富士山頂の壮大な景色などをスライドで紹介しながら、山の恐ろしさも教えてもらいました。「下るとき、落としたカメラのキャップを拾おうとして数百メートルも滑落して亡くなった~」などという話が、自然に口から出てくる事に、驚きと奥深さを感じました。富士山で何人もの仲間を失ったそうです。僕たちも自然の美しさを恐ろしさを知らなければいけませんね。

※富士山会議とは・・・富士山を囲む7つのJC(裾野、富士宮、三島、御殿場、沼津、山梨県の富士五湖、富士)が富士山の世界遺産登録の推進の為に20年以上前に結成しました。

懇親会では、御殿場JCさんが、特製富士山チラシ(写真)をご用意いただきました。多分、もう、作らないとの事です。突然ですが、僕がカミナリが苦手になった理由を知りたい方は、詳しくを見てください。

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富士山ナンバー、一号車!?

先ほど(4月15日、10:54)、斉藤としつぐ先輩(日本JC 第33代会頭)からご連絡をいただきました。たった今、国土交通大臣から、本年の11月4日から「富士山ナンバー」が施行されるという正式発表があったそうです。本来は10月からの施行だったが、富士と富士川町の合併の関係上、少し遅らせたということです。

早速、遊び気分でナンバーをいじってみました(仕事上の特権!?) 皆さん、イメージ出来ましたか?

本日、ちょうど、これからJC富士山会議が御殿場の地で行われます。もちろん、会議場でこの朗報をお伝えしようと思います。何か、凄い偶然を感じますね。斉藤先輩、ありがとうございました。

鷹岡・伝法、新緑会

11日(金)、鷹岡、伝法会が行われました。今年は地域を大分広げてお声をかけさせていただいたようです。現役、シニア、総勢20名以上の宴でした。地元の方との交流は本当に必要不可欠だと感じました。「やりたいようにやれ!」という激励と「困ったら頼れ」という力強いお言葉もいただきました。2008年度も、既に4分の1が終わりました。ちょうど、中だるみが生じる時期かもしれません。タイミングとしては最高の時期でした。4年ぶりの開催でしたが、充実した時間を過ごさせていただきました。参加いただいた皆さんに感謝♪

挨拶のコツ2

12時前に寝れるときは、翌朝、軽くジョギングしています。そんな時、犬の散歩などをしている人と擦れ違います。朝の澄んだ空気の中、気持ち良い挨拶をしたいですね。でも、見知らぬ人との挨拶は、ちょっと恥ずかしい~。さて、そんな時はどうしましょう。気をつけてみると、朝、歩いている方と擦れ違う数歩前くらいになると必ず、その方はこちらを一瞥(少し見る)します。その瞬間が勝負です「おはようございます」でも良いですし、会釈でも良いです。これで、朝の見知らぬ方との挨拶は大丈夫です。本当は、大きな声で、誰に対しても挨拶が出来れば良いのですけど・・・参考になるようでしたら、試してみてくださいな。

挨拶のコツ

「最近の子どもは挨拶が出来ない」と言いますが、果たして我々も上手に挨拶が出来ているのでしょうか。以前、例会でお招きした方がこんな事を言っていました。「挨拶は上から下へ流れるものです。部下からの挨拶がないと機嫌を損ねる上司がいるけど、挨拶は上から下。これが今の常識だそうです。宴会での席でもお酌を注ぎに来ないと機嫌を損ねるよりも『いつも、頑張ってくれてありがとう』と声をかけて回るのも必要」

いろんな意見があるかもしれませんが、子どもは我々の背中を写す鏡です。子どもたちへの不満の原因は我々にあると考えましょう。子どもたちを変えるのは難しいですが、我々が変わることは簡単です。何故なら、我々次第でどうにでもなる訳ですから。周りを変えられなくても自分は変わることができます。このように書いている自分でさえも、ちゃんと挨拶できているのかどうか心配ですけどね。

第2回ブロック会議

6日、午後からブロック会議が行われました。午前に行われた役員会が白熱したため、時間が遅れての開催となりました。疲弊した表情の各委員長でしたが、どなたも立派に任務を全うされていると思います。

静岡JC、内田貴典委員長(先日は同部屋で失礼しました)。伊東JC、小川鉄平委員長(あなたの想いを形にしましょう)。天竜JC、櫻井尚孝委員長(通称、中川委員長)。焼津JC、石川真委員長(ご結婚おめでとうございます)。沼津JC、勝又誠委員長(うちの秋山卓也の世話をありがとう)。

22人の理事長を相手に議案を上程すること事態がスゴイんです。麦は踏まれて踏まれて強くなる。

お互いに頑張りましょう。

 

写真は、2009年度ブロック会長、原口茂和君が誕生した瞬間です。大きくアップで写ってしまっているのは、今年の宴会理事長(宴会部長!?)、中伊豆JCの金刺厚史理事長です。(肖像権は了解済み)

ネクタイは、浜松の全国大会で、副主管の理事長がするものです。

 

 

伊藤が伊東を散策

6日、ブロック会員会議所に出席するため伊東に行きました。時間に余裕があったので、昼食を探しがてら伊東市内を散策しました。のどかな休日の街並とスーツ姿の自分たちが不釣合いでしたが、春の霞のため柔らかい青色になっている海を見ながら、いつもよりもゆったりとした歩調で散策を楽しみました。

食事は海の幸でした。大人の背中を見せるため、もちろん完食しました~ちょっと、食べ過ぎましたけど♪

写真は食事後のお皿と、伊東の風景(橋から)です。

夜桜と談話♪

土曜日、恒例の「花見」が米ノ宮神社で開かれました。少し緑の葉っぱが覗いてましたが、まだまだ桜色が溢れてました。当日は多くの先輩方にお越しいただきました。そして、たくさんの話をさせていただきました。

我々の「夢」、エリア構想「ちょっくら富士市だら~」も話題に出ました。富士市に立ち寄れるサービスエリアを作ることが我々の夢です。夢を語ることをツマミとして、有意義なお酒の時間を楽しませてもらいました。

※当日、写真を撮ることを忘れてしまいました~ 感謝は、詳しくを見る→

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春が加速!!

あっと言う間に、桜が咲きました。散り際が美しいとされている花です。富士宮の浅間神社は、大きなレンズをつけたカメラマンが多くいました。玉石や神社の廊下には春色の花びらが敷かれていました。風に吹かれひらひらと舞い落ちる中を家族で歩きました。富士JCの事業も一気に花開く時期となります。桜と同じように加速していきます。乞うご期待☆

春の交通安全運動☆

4月6日から春の交通安全運動が行われます。その街頭キャンペーンに行ってきました。市内で6件の死亡事故が発生している異常な交通状態。県下でワーストワンになっている現状を打破したいですね。

我々も深酒の翌朝の運転などにも気をつけていきましょう。体内にアルコールが残っていれば飲酒運転となります。交通社会でも弱者となってしまうお年寄りや子どもたちが、安心に暮らせる「まち」。それも明るい豊かな社会ではないでしょうか。

 

前日、理事会があったにもかかわらず、金子佳久専務、石毛稔事務局長、鈴木正浩委員長が参加してくれました。写真は交通事故をしません宣言です。

アイアイサー!とうかい号

30日、掛川にて"とうかい号"の説明会が行われました。様々な同胞との出会いだけでなく、新しい自分にも出会える研修船。乗船前の不安顔が、1週間後に船から降りてくる時には自信に溢れた笑みに変わっている。JCが得意とする研修を船の中でみっちり行われるようです。興味のある方は、是非、当事務局までお問い合わせください。

普段と違う空間だからこそ、思いっきりのめり込める。自分を知る人がいないから、新しい自分を試せる。何かを求めてやってきた仲間が傍にいるから助け合える。

ドラマを見て泣くことがあっても、やり遂げた達成感で泣くことって大人になると減りますね。

全ての乗船者に幸あれ!! 当日説明会に来てくれた乗船者の様子は詳しくを見る→

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全運in小田原

29日、まちみらい創造図、もりづくり編が終わった後、小田原に飛びました。富士の名前を背負って頑張っている5人の出向者(上柳正仁監事、西原真弓、志村静二、鈴木邦通、杉山純史)の激励とお世話になっている全運へのお礼です。日本JC全国大会運営会議の伊藤清郷議長から「富士のメンバーはすごい!皆が一生懸命だし、目立っている」と褒められました。今年は、県内の浜松JCが主管することもあって、大いに協力をするつもりでいます。まちみらい創造図、もりづくり編の成功を伝えたところ、出向者への激励の一つになったようです。出向者の皆さん、富士の名前をどんどん広めてください。

全国大会の情報は当ホームページのリンク、日本青年会議所から飛んでください。

「人事を尽くして天命を待つ・・・でなく、人事を尽くして天命をもぎとった。小田原にはそんな印象があります」と挨拶の冒頭でお伝えしました。当日、対話集会が行われたそうですが、小田原の理事長が相当悔しい思いをしたと聞きました。寒い冬の後には花開く春が来ます。写真は、小田原城のサクラを車内から撮りました。

ビバ林業!!

29日、「まちみらい創造図、もりづくり編」と題して、こどもの国近くの森林で制水工作りを行いました。市内ではサクラが咲き乱れていましたが、森の中は緑と土色ばかりでした。気を抜くと季節さえも忘れてしまいそうでした。その中で、汗をかいて木材などと触れ合っていると何ともいえない充実感がありました。花見も制水工も自然とのふれあいなんですね。富士山を世界文化遺産に登録する前に、現場を知らなければいけない、まちづくり政策委員会の勝亦英介委員長が言った通りです。

写真の中の椅子は、富士地区林業研究会の会長であり、静岡県指導林家でもある佐野政明さんが丸太から作ったものです。素晴らしいチェーンソー裁きで、丸太から可愛らしい椅子が産まれました。

ご協力いただいた富士地区林業研究会の皆さん、ありがとうございました。その他の感謝は、 詳しくを見る→

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社会福祉協議会

28日(金)、社協(社会福祉協議会)の評議会に出席してきました。よく、耳にする”社協”ですが、正直、どのような事業をされているかが、把握できていませんでした。今回、事業報告書、予算書を目にして、概要を知ることが出来ました。以前、JCとしても何度かお付き合いさせていただいたにも関らず、恥ずかしい限りです。

議案としては、富士市と富士川町の合併による、社協の合併契約の件もありましたが、それ以外に、面白い話を聞きました。障害者支援施設の売上金が伸びているということです。市役所2Fの市民ホールに置いてある「出会いの店”あいあい”」のクッキーなどの売り上げが好調だということです。


http://www.city.fuji.shizuoka.jp/~ex-shakyo/shakyo_new_hp/jyusann.html

更に、新しい事業展開として、”まつぼっくり”が廃食油を精製してバイオ燃料を販売するということです。

今は、小規模授産所という名前が使われていないことも驚きでした。 

小規模授産所の存在を知ったのは、学生の時でした。学生時の、甘酸っぱい思い出に関しては、詳しく見るをクリック→

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総会 2

2007年度の報告や2008年度の予算などを審議させていただきましたが、一番興味深かったのは、地球温暖化防止アクションプランの発表でした。

  1. 自転車で-6%・・・なるべく自動車でなく自転車を使おう。
  2. 月ほたる・・・月に2回、家庭で照明やテレビを消し、ロウソクの灯火で過ごす。
  3. 大人の背中・・・マイ箸、エコバックを使用。あとは、食べ残しをしないようにする。

 

1、2は難しいかもしれませんが、3の食べ残しをしないようにするというのは、どうでしょうか。懇親会などでどうしても多量に注文をしてしまう傾向にあります。「MOTTAINAI」(もったいない)精神で、もう一度考えてみましょう。我々の背中を子どもたちが見ています。

総会終了後、皆さんと一緒に「もんじゃ」に行きました。おいしかった~もちろん、完食しました。

ブログ、再開(再会)!

お久しぶりです☆2ヶ月以上もブログの更新を空けてしまった事、すべて、私の怠惰によるものです。三島の堀江章理様、そして中村哲也先輩、ご指摘、ありがとうございました。再会、一発目は、今週の日曜日に行ってきた日本JCの総会です。場所は東京ビッグサイト。いや~その大きさにビックリ!思わず写真を撮ってしまいました。まるでスターウォーズに出てくる戦艦のようで、ワクワクしてしまいました。講演では、C.Wニコル氏の話を聞いて、日本の自然が豊かなことを知りました。イギリスでは、熊が900年前、イノシシは400年前に絶滅しているそうです。この豊かな自然を守ることも、我々の世代の担いではないでしょうか? ゴールデンウィークのお得情報は、詳しく見るをクリック→

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京都会議6 昼食会  ⁄2008年01月19日

1月19日、12:00~12:15。

趣向を変えたと聞いて楽しみにしていた恒例のシニア会員との昼食会。しかし、総会への出席の為、挨拶だけになってしまいました。それでも、「5分でも開始時間が遅れたら、挨拶も出来なくなるから、時間だけは頼んだよ」と言う依頼に見事応えてくれた稲葉信元委員長、工藤雅仁室長に感謝です。僕らの事を無条件に応援してくれるシニア会員との数少ないふれあいの場。もう少し、のんびりしたかったなぁ。

でも、その間、私の代わり、京都国際会館の入り口で、他の理事長に混じって声を出してくれていた海野幸男委員長にも感謝☆

 

 

 

 

 

京都会議5 出向者の活躍ぶり  ⁄2008年01月19日

1月19日 8:50~9:30
全国大会オリテンでドアマンをやっていた上柳正仁君志村静二君(写真)。9:50~11:00はローカルコミュニティ復活セミナーで河内雅紀君。この2箇所は伺うことが出来ましたが、16:45から行われた環境教育等トレーナー養成セミナーに島本範生君の活躍を拝見することが出来ませんでした。富士の地を離れて活躍する出向者は輝いています。代役の室伏和徳副理事長に感謝。詳細へ。

 

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京都会議4 安里繁信 副会頭と☆  ⁄2008年01月18日

1月18日、22:00。遠藤哲也先輩平井秀樹先輩の計らいで、安里繁信 副会頭とお会いできました。昨年のスタートアップ東海の時も、ご挨拶いたしましたが、今回はもっと親密な感じで握手をしました。日本JCで活躍された両先輩の人脈の凄さに敬服いたしました。それを生かすも殺すも我々次第だと気持ちを引き締めました。

京都会議3 東海地区ナイト  ⁄2008年01月18日

1月18日、19:00~21:00。グランドプリンスホテル京都で東海地区ナイトが行われました。全国会員大会の主管を正式締結した報告と地区でまとまって浜松を盛り上げていこうという決起集会が目的です。 富士JCからも10名以上の登録をしていただきました。

京都会議2 日本JC出向者の激励  ⁄2008年01月18日

1月18日、15:20~17:00 日本JCの理事会終了後、出向者の激励に各委員会へ挨拶に伺いました。全国大会運営会議に出向している上柳正仁監事、西原真弓君、志村静二君、鈴木邦通君、杉山純史君。環境教育実践委員会へ出向している島本範生君。ローカルコミュニティ復活推進会議には、河内雅紀。今年はこの7名が日本JCに出向しています。委員会内の貴重な時間を拝借しての挨拶。久しぶりに緊張しました。他の理事長たちも挨拶に来る中、ありきたりの挨拶はしたくないと考えていました。自分が出向していた時の頃を思い出しながら、挨拶の内容を考えました。理事長の顔を見た、あの時の安堵感。富士JCの看板を背負って頑張っている彼らにエールを☆挨拶の内容は詳細へ。

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京都会議1 日本JC理事会  ⁄2008年01月18日

1月18日、13:00~15:00。 京都国際会館に着くなり、日本JCの理事会に出ました。浜松の全国会員大会、副主管として静岡ブロック協議会の理事長たちが決起してオブザーブ(写真)。紹介される度に全国会員大会、浜松大会のお願いをしました。私も他の理事長に負けないくらい声を張り上げ、若干の笑いも取ることができました。 議事はさすが!順調に進み、その間に行われたバッジ授与式で太田貴久ブロック会長がバッジをもらう姿を写真に納めました。その後、全国会員大会浜松大会の主管締結式も行われ、その際に我々富士JCから日本JC全国大会運営会議に出向している鈴木邦通君が活躍しておりましたので、それも写真に撮りました。会頭の後ろで、顔を赤らめながら頑張っていた姿が印象的でした。

「新たなる第一歩」 1月公開例会  ⁄2008年01月17日

2008年度 富士JCとしての第一回目の例会が行われました。昨年、50周年を迎え、本年を「新たなる第一歩」として捉えて活動しておりますが、そのまた、第一歩が今回の例会でございます。富士JCとしての基本方針や活動計画を表明してから、報道機関の皆様を招いてのパネルディスカッションを行いました。パネラーとして、ラジオFの専務、斉藤正宏様。静岡新聞社富士支局支局長、穴沢直人様。富士ニュース編集部、渡辺雅之様。さすがに、皆様、記者活動などを経験されているためでしょうか。見聞が広く、短い時間ながら多くの事を学ばせてもらいました。発信する手法が多様化して、個人のあらゆる意見が手軽に世に出されています。しかし、無記名を良いことに無責任な発言が飛び交う事も(特にネット上)事実です。あっ、このブログもそうですね。続きは詳細へ。

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雪景色の1月17日。  ⁄2008年01月17日

朝、起きたら雪でした。写真は、近所と会社です。13年前の1月17日。阪神淡路大震災がありました。人がごった返す新富士駅の構内で、私はなかなか来ない新幹線を待っていました。「どうやら地震があったらしい」と人づてに聞き、遅れそうなスケジュールをいかに立て直すかを、ただぼんやりと考えていました。その夜、東京の友人宅でテレビを見ながら、被災の様子を知りました。画面下に行方不明と死者数がカウントされていて、まるで遠くの国の出来事のように見ていたのを覚えています。後日、死者数がカウント式に報道される事が倫理的な問題として取り上げられ、その時、改めて、カウントの数字が命の数だったことに教えられました。その時、テレビを見ていた私の気持ちを思い出し、随分と悔い、胸を痛めました。 偶然ですが、本日は、報道を題材とした1月公開例会です。 震災と報道、ラジオは切っても離せない関係です。これも、何かのお導きでしょうか。

鬼太鼓座 ヨーロッパ巡演 壮行会  ⁄2008年01月14日

響きました!太鼓の鼓動が下っ腹に。そして、彼らの魂が心に。
冒頭に登壇された座長の言葉を聞いて、私は用意していた挨拶の内容を変えてしまいました。

今回のヨーロッパ巡演の趣旨。敢えて平和でないところを旅する彼らの想い。
太鼓を通じて日本の「和」を伝える。純粋な気持ちで平和を願っている若い座員たち。 毎日、鍛えられている心と身体は、ふんどし姿になっても美しかったです。

我々も、心までメタボリックにならないよう精進していきましょう!

25周年記念事業!?  ⁄2008年01月13日

お正月に広見公園に行ったら、な、なんと、富士青年会議所の石碑が!
彫刻の森 創立25周年記念事業 社団法人 富士青年会議所」と記されています。歴史と伝統の一片を垣間見たような気がいたしました。

皆さんも、是非、散歩がてら、彫刻の森に訪れてみてください。

理事長やってよかった②富士商工会議所 賀詞交歓会  ⁄2008年01月10日

多くの方々と名刺交換をさせていただきました。普段、絶対にお話できないような方々とも、富士JCの理事長と言う職を借りて、社交の場を楽しませていただきました。
その中でも特筆すべきは、この方の名刺です。Radio-F社長の林哲司様。
作曲家として有名な方で、杏里「悲しみが止まらない」の他、数多くの楽曲を世の中に送り出しております。
アイドル時代の菊池桃子にも多くの楽曲をしているそうで、中学生当時、彼女のファンだった僕にとっては、お会いできるだけでも感動です。
FエリアにいるならRadio-F  84,4FM  http://radio-f.jp/

理事長やって良かった①富士商工会議所 賀詞交歓会   ⁄2008年01月10日

富士商工会議所で、大きなお年玉をいただきました。(げ、現金ではありませんよ)
石川嘉延県知事鈴木尚市長の挨拶に「ハイウェイオアシス」と言葉がありました。
昨年、50周年記念事業として富士JCが提言した「ちょっくら富士だら~エリア構想」が夢でなくなるかもしれないと感じました。富士市の活性には、観光という産業にも注目すべきだと考えております。
富士山の世界文化遺産登録が富士市のどんな影響と効果があるのか。改めて我々は考える必要があります。

写真は、石川知事の名刺です。富士JCの理事長をやっていなければ、私には一生かけても手に入れることが出来ない代物です。感動☆富士JCの名刺と似てますね。

沼津JC 賀詞交歓会  ⁄2008年01月08日

額に大粒の汗を噴出しながら所信演説をしていた原田浩理事長。彼の生真面目な性格が表れていました。その様子を写真で残そうと思いましたが、本人が緊張するといけないので控えさせてもらいました。 先日、沼津駅のコンベンションビューロの記事が取り上げられていました。街として大きく変わろうとしている沼津の隣人として、互いに協力体制を築いていきたいと思います。

静岡JC 賀詞交歓会  ⁄2008年01月07日

アトラクションとして、久住与志人理事長書初めを行いました。
朱墨で情熱に書き上げた「未来」と言う文字。繊細な顔立ちとは裏腹に、力強く書かれたその文字からは、静岡JCの決意が感じられました。
我々の隣で活動する静岡JCからは、今後、多くの事を学ぶかも知れません。

※ 交歓会の様子を写真でとりました。携帯なので、画質が悪くてすみません。もう一枚は、神主による神事が会の途中で行われ、その際にいただいたお守りです。大切にいたします。 

浜松JC 賀詞交歓会  ⁄2008年01月04日

感想、一言。 「素晴らしい」 交歓会の運営、演出など、さすが浜松だなと思いました。同じ仲間が、こんな素晴らしいことが出来るのだから、僕らにも出来ないはずはない。 武田信孝 理事長の熱のこもった所信演説。参加者の顔ぶれなどを見ても、浜松JCが、地域と共に 活動してきたことが伺えました。 2008年10月9日~12日。全国会員大会が浜松で行われます。大会に参加して、大いに学びましょう。

初夢  ⁄2008年01月02日

一、富士 二、鷹、三、なすび。 と申しますが、鷹やなすびの夢など見た事がない私にとって、この初夢の縁起物は縁遠いもので す。
皆さんは、どのような初夢を見たのでしょうか? 私のように縁起物を見なかった方に、プレゼント。 きれいな富士山の写真です。

※ちなみに私の初夢の内容は、岩山義昭 副理事長の家族と一緒に”かるた取り”でした~

未確認飛行物体!?  ⁄2008年01月01日

お正月を楽しむ。文化の継承。などと言いながら”たこあげ”を行いました。
雪化粧をした富士山からの風を受けて、100円ショップで購入した凧は、ぐんぐんと上がっていきました。 子どもに文化を伝えるつもりが、いつの間にか、自分が夢中になっていました。 2008年の富士JCも、この凧のように昇っていけるように頑張ります。

※近くで同じように凧をあげている人がいましたが、「お父さんの凧が一番上手に飛んでいるね」と娘に言われました。顔には出しませんでしたが、心の中でガッツポーズでした。

新年のご挨拶  ⁄2008年01月01日

 新年明けましておめでとうございます。2008年度(社)富士青年会議所理事長の伊藤秀彦です。昨年は誠にお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いします。 田中実紀男直前理事長、昨年は大変お世話になりました。本当にお疲れ様でした。
 50周年を終え51年目、田中直前の実績の波にのりまた新しいことも取り入れながらメンバーのかじ取りをしていきます。OBの皆様、現役メンバーの皆様どうぞよろしくお願いします。
 メンバーの皆様へ、会員みんなで考え、みんなで活動していきましょう。
本年はどうぞよろしくおねがいし マウス。ウェーイ!楽しんでJC活動をやっていきましょう!

理事長ブログ

このコーナーにて理事長の日頃の活動をブログ日記式に掲載していきます。